キリスト教と信仰とか、幼稚園と英語教育とか。

学歴も宗教も解を与えてくれない(今のところ)アンパンマンの質問【1】

 

※自分の当時の理解と思いをそのまま書いています。

思考と配慮の足りなさがあるかもしれないけれどご了承ください。

 

なんのために生まれて

なにをして生きるのか。

 

答えはどこ〜となっています。最近特に。

 

中高と女子校で育ってとても楽しかったし

友達にも恵まれていたのですが

確かにクラス内にはヒエラルキーみたいなものがあって

目立つ子たちは「かわいい」「おもしろい」「頭が良い」「運動ができる」

それぞれ長所を持っていました。

 

そんな中で私は自分の居場所、存在意義みたいなものに

けっこう不安を覚えていた。

 

高校3年生のとき受験がやって来て

(小学校からエスカレーターだったので)

初めて自分の生きる道を決めるべき機会がやってきました。

 

私立だったけれど進学校だったわけではなくて

最後に東京大学受かった先輩は4学年上だったし、

私は学年内でも定期試験の順位よくて7位とかだったから

あまり現実味なかったけれど

希望校が空欄になっている調査票を見た塾の先生が

「じゃあ東大ね」

その一言で目指せるのかもと思い込みました。

 

その時に目指したいと思った理由の一つは行きたかった学部があること。

同時に"東京大学であれば自分の居場所に安心できる"という思考がありました。

 

私は外見がかわいいわけでは無かったし、

突出した特技があるわけでも無くて、

唯一比較的得意だったのが勉強でした。

 

でも「勉強ができる」だけを強みに社会で生き残るには

早稲田慶応では弱いと思っていました。

早慶には美人がたくさんいるから。

(女の子の評価軸は一般的に才と色の二つだと思ってた)

 

ミス東大コンテストも見たことあったから

東大にも綺麗な人たちがいるだろうとは思っていたけれど、

でもとりあえず学問では日本で一番と言われているから

それより上がない東大にいれば

勉強ができることをアイデンティティにできると思いました。

 

結局、現役では失敗してしまって、浪人して、

憧れの大学に入りました。

 

一年生の4月はかなり浮かれていました。

恥ずかしながらも一瞬全能感みたいなものを抱いた時もありました...。

でも本当に一瞬でした。

 

大学の友達たちは頭の回転は私より早い人たちばかりだったし

それ以外にもまさに二物、三物を持った人がたくさんいて

彼らに追いつきたいと意識高めの活動もして努力してみたけれど

がんばり続けることは難しかった。

 

日本一という学歴があれば充実した人生が送れると期待したけれど

確かに就活で有利になるなどの利点はあるけれど

学歴は人生の目的を満たしてはくれませんでした。

 

そうして人生の路頭に迷う。

 

それと同時にがんばっていたダイエットもどうでも良くなって

さらに食事制限していた反動で過食するようになって、

自己嫌悪が募るばかりで

喫茶店アルバイトでも

指の腱を縫ったのに労災出なかったり

朝5時半出勤が月に20日間になったり

精神的にも体力的にも一杯いっぱいになってしまいまして

大学3年生の4月からは外に出るのがかなり辛くなってしまった。

 

そんな頃に救いを求めてみたのがキリスト教でした。

 

[続く]